ピーエスの取り組み - 学術論文

11.総説(ゼラチン及び類縁物質の抗癌効果の研究)

榎木義祐

榎木義祐先生略歴
1932年生まれ
大阪医科大学大学院卒 医博士
日本アレルギー学会功労会員・専門医

シュワルツマン反応の解析に始まってシュワルツマン反応の実験癌への応用、及びその研究過程から生じたゼラチン及び類縁物質の抗癌効果の研究を総括する。

この研究は大阪医科大学山中太木教授の研究室で行った。

平成10年11月 大阪医科大学仁泉会ニュース29巻11号
平成11年 3月 池田氏医師会会報67号

抗原抗体反応でアナフィラクシーショックが起こるとか、アレルギー反応で透過性が亢進するとか、シュワルツマン反応で血栓形成出血破壊死が起こると 云うことは通 常自明の理として理解されてきた。しかし、分子的、体液的な免疫反応がどうして循環を場とした機械的、物理的現象に置き換わるのかと云う議論は連続性を欠 いていた 。

戦前真下内科の研究でその理由の一つが血液が血球と云う固体を含んだサスペンジョンであると云うところまではわかっていた。しかし人体の循環は4 リットルの血液が2千平方メートルの血管内皮に接している。界面 化学的な力を考えなければならない。血液の表面張力が増大すれば循環の遠心方向にはより大きい仕事を必要とする。

シュワルツマン反応惹起注射後、準備注射局所の出血の時と一致して一時的に血清の表面 張力が上昇し、同時に泡持ちの係数が低下する時期がある。(文献3の付随図表)これは血液が泡立ち良く、泡持ちも良いと云う蛋白溶液としての界面 化学的物性を低下させていると云うことである。更に血清と血管内皮との界面粘度が、感作された内皮が正常内皮よりも大きいことがわかった。

惹起注射がどうして準備注射の局所を見つけ出すことが出来るのか、そしてそこで血流の杜絶が起こる最初の機転を理解できる。シュワルツマン反応の免 疫学的反応1)2)が界面化学的現象を仲介して機械的物理現象になることがわかればシュワルツマン反応に於いて準備注射と惹起注射の間に免疫学的に必ずし も厳密な同一性が無くとも出血壊死が起こり得ると云う謎を説明できる。血清の表面張力が低下すれば求心方向には血清が末梢より還流する力が少なくなり、透 過性の増大や、循環血流の減少、浮腫、アレルギー、アナフィラクシーの現象を理解出来る。

血清の表面張力は疾病の種類によって異なる傾向がある。肥満と高血圧の一部に増大する例がある。アレルギー疾患や悪性腫瘍の一部に低下する例があ る。血清表面張力と血圧の相関係数は0.36、ファウトの方式で年齢補正した指数との間の相関係数は0.45。血清蛋白分屑とも一部相関する。α1グロブ リンとの相関係数は-0.32、α1/α2値との間の相関係数は-0.37、α1A1値との間の相関係数は-0.33。この演題は日本アレルギー学会並び に第2回日本生物物理学会へ発表した。3)

シュワルツマン濾液を含め細菌内毒素に抗癌効果があることはコレイズトキシン4)やシェアーズポリサッカライド5)としてすでに知られていたが副作 用の強い内毒素を癌治療に用いるには薬物投与の様な方法ではなくてシュワルツマン反応を応用して癌の腫瘤の一点に壊死を作る技術を開発しなければならない と考えた。シュワルツマン反応はウサギの皮内に於いて起こる反応である。これを実質臓器の任意の一点に起こす方法を発見するためにウサギの胃で研究を行っ た。

局所注射の内毒素にアジュバントを加えたが成功しなかった。局所注射に熱死菌菌体そのものを用いて初めて出血壊死を起こすことが出来た。出血壊死に つづいてその部分が典型的胃潰瘍になった。6)このウサギ胃潰瘍の技術をマウスエールリッヒ癌に応用した。微量の内毒素をくりかえし全身投与して感作した あと、癌細胞を移植して固型癌を作り、その腫瘍の部分に熱死菌菌体を注射して出血壊死につづいて種瘤の縮小、消失を見た。7)8)細菌内毒素の多糖体に注 目した研究は多いが副作用と抗癌作用を分離出来ず実用化出来なかった研究は多い。精製内毒素よりも熱死菌菌体を使うのが最も良いと云う経験に加え、含まれ る蛋白質はアジュバントかと考えたが量比を変えての実験からそうではなくて本質的な問題と気付いた。

熱に強い蛋白とは硬蛋白の一群のみである。そこでコラーゲン、ゼラチンを注射しておくとマウスエールリッヒ癌の移植率が低下し、9)ラットDMBA 乳癌の発生率が低下した。10)上記シュワルツマン型反応でエールリッヒ癌が治ったマウスや、コラーゲンやゼラチンを注射してのちにエールリッヒ癌を移植 してそれが移植されたマウスに後日再度エールリッヒ癌を移植しても癌はつかなかった。この場合量的関係が見られる。移植の回を重ねて移植拒絶を繰り返す程 抗移植性が強くなる。腹水癌よりも固型癌の方が治りやすい。抗癌剤は固型癌よりも腹水癌の方に効きやすい傾向があるがこの場合は逆であった。皮下移植の場 合は、凝固壊死、腹腔内移植の場合はマクロファージによるロゼット形成が起こり移植が拒絶される。エールリッヒ癌がつかなくなったマウスにはサルコーマ 180や同系皮膚移植もつかなかった。(この逆、心臓移植を受け入れたマウスは皮膚移植も受け入れるという研究がある)この移植免疫は次代のマウスには遺 伝しない。

発癌の問題はさておき、担癌の問題に関しては癌免疫と移植免疫はクロスしていてその本態はアレルギーである。馴れの有無を免疫とアレルギーの違いと 理解すれば異種ゼラチン摂取の刺激で生じた抗移植性の免疫現象は馴れが無いアレルギーでありその有用な一面を見たことになる。 11)12)13)14)15)16)ゼラチンに抗原性があり摂取は間質反応の増強を通して抗移植性の免疫を増強する。

後日予防接種事故に端を発してゼラチンに対するIgE 抗体の存在が知られた。ゼラチンを食べると出血に効果があり傷なおりも良くなった。下腿潰瘍、褥瘡、レントゲン皮膚びらん等にゼラチンを外用して効果が あった。実用的にはゼラチンのアミノ基をフォルムアルデヒドでメチレン重合した不溶性のゼラチン粉末を作って外用すると便利であることがわかった。17) その水で膨潤はするが沸騰水でも溶けないゼラチン粉末を水で懸濁して太い注射針でマウスの皮下に注入するとこれをとり囲んで球状の肉芽組織が出来る。その 後皮膚に接した部分が自壊して、脱水され乾燥した原末が体外へ排出された。その後エールリッヒ癌を移植したが癌細胞はつかなかった。不溶性のゼラチンを注 入し、それを回収したのに癌に対する抗移植性の免疫は全身に強く残った。18)

癌患者に出来るだけ手術を受けるようにすすめ、一方ゼラチンを食べる様にすすめて来た。消化器癌、肝癌、咽頭癌、下咽頭癌、リンパ肉腫に試して効果 があった。ゼラチンを食べさせることは実行しやすい上に他の医療や法律と矛盾せず、抗癌効果が期待出来る。ワルツァーの実験19)から考えて、経口摂取し ても一部は高分子のまま吸収される。諸先生に試していただく価値があると考えている。

文献
  1. 山中、深浦、三宅:  ウサギ血清中のフォルスマン抗体量 とシュワルツマン現象惹起注射量との至適比関係に就いて  東京医事新誌 69(1)39,1952
  2. 山中:Forssman抗元・抗体に就いて  特に炎症の抗体素因の一つとしての自然F抗体の意義とShwartzman抗元の独立性に関する考案-Sh.現象の本態観-  総合臨床 4(9)1,1955
  3. 榎木:Rheological Studies of the Shwartzman reaction.  Bulletin of the Osaka medical school 8(2)53,1962
  4. Coley:A review of the influence of bacterial infection and of bacterial products  (Coley's toxin) on malignant tumors in man. Acta Med Scand 45,1953
  5. Shear et al:Chemical treatment of tumors.  Isolation of the hemorrhage-producing fraction from Serratia marcescens culture filtrate  J Nat Cancer Inst 4:81,1943
  6. 榎木:実験的ウサギ胃潰瘍  医学と生物学 70(4)195,1965
  7. 榎木:Shwartzman型反応によるエールリッヒ固型癌の治療実験  医学と生物学 70(4)197,1965
  8. 榎木:Allergic necrotizing reaction applied to mouse tumor and experimentally acquired  resistance of mice to the tumor transplantation and iso-graft.  仁泉医学11(4)197,1968
  9. 榎木:ハツカネズミの移植癌に対するゼラチンならびにその重合物による  抗移植性の免疫  医学と生物学 82(2)81,1971
  10. 榎木、西里、中田:ダイコクネズミのDMBA乳癌に対する重合ゼラチンの影響  医学と生物学 87(6)321,1973
  11. 榎木:ハツカネズミの実験的獲得性の腫瘍移植抵抗性と同系皮移植の拒否現象  医学と生物学 74(3)185,1967
  12. 榎木、中田、西里:Ehrlich 腹水癌における実験的免疫現象  医学と生物学 87(5)311,1973
  13. 榎木、西里、中田:ハツカネズミがEhrlich癌に対して実験的獲得性に抗移植性の免疫を作る現象に与える各種マクロフアージ誘発物質の免疫誘導能力の比較  医学と生物学 87(5)311,1973
  14. 榎木:ハツカネズミの移植癌に対する同種同系、同種異系のゼラチンの抗移植性の免疫  医学と生物学 100(2)111,1980
  15. 榎木:A study on allergic reaction of cancer and its application to transplantation immunity in experimental animals:  The immunological approach for the teatment of cancer  仁泉医学 12(4)175,1973
  16. 榎木:Immunitiy of mice resistant to tumor transplant using endotoxin and substituting endotoxin with gelatin and its related substances.  Bacterial endotoxins and host response P.203,1980  Proceedings of the 4th international congress of immunology.  Statellite workshop July 1980
  17. 榎木、上田:下腿潰瘍及び褥瘡に試みた新しい治療経験  大阪医科大学雑誌 24(1)1,1965
  18. 榎木:ハツカネズミの移植癌に対する不溶性のゼラチン粉末による抗移植性の免疫医学と生物学 100(2)113,1980
  19. Walzer:Studies in absorption of undigested proteins in human beings.  J.Allrgy 6:532,1935
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