ハツカネズミによるゼラチンまたはその近縁物質を注射しておくとエールリッヒ癌の移植が困難になることはすでに報告^1-5)した。それらに使用したゼラチンはウシ、ブタ、クジラ等でハツカネズミに対して異種の動物のものであった。今度は同種ゼラチンを用いて実験した。

材料と方法

市販試薬ゼラチン20%水溶液を140 °C 5分間滅菌後10 °Cに冷却、ブロック状に切り、10% ホルマリン水に入れ常温で48時間作用させゲル化させた後細切し流水中で3日間水洗いし過剰のホルマリンを除去した後加蒸乾燥し、ボールミルで細粉とした 200メッシュ篩通品を用いた。乾燥末中のホルマリン残量は, 3.36 mg/1000 mg 。このゼラチン粉末は水で膨潤するが常水中で100 °C 30分加熱しても溶解しない。ハツカネズミの臀部皮下に1匹宛30 mg注入するとこれを取り囲んで2週間目に2-4 mm の厚さの肉芽を形成する。肉芽は1ｹ月後に皮膚に面した所で自壊して皮膚表面より乾燥した原型の細粉のまま次第に排出される。重合していないゼラチン粉末 やホルマリン水では肉芽は全く形成されない。上記水溶性ゼラチン粉末200メッシュ篩通品を注入の便宜上滅菌水に混ぜ30 mg 宛ハツカネズミ(ddY)の臀部皮下に太い針のついた注射器で注入した。1ｹ月後肉芽にとりかこまれ肉芽の皮膚に接した部分が自壊し皮膚表面より溶解吸収 されることなく原形のままの粉末が数日かけて排出されたあと反対側の臀部皮下にエールリッヒ癌細胞を5 x 106個移植した。

結果と考察

日本薬局方によりハツカネズミ(ddY) の皮膚より粗製ゼラチンを得た。再度溶解後濾過、遠沈、濃縮して精製し蛋白含有量（アルブミン換算）55.4%の標品を得た。

標品	1　ハツカネズミ (ddY)ゼラチン
標品	2　ハツカネズミ (ddY)ゼラチンのアミノ基をホルムアルデヒドでメチレン重合したもの
標品	3　ゼラチン (メルク社)
	4　無処置対照

以上1,2,3の3種類のゼラチン標品各 1%水溶液0.3 mlをハツカネズミ(ddY)の鼠径皮下に週1回計5回注射し、最終皮下注射より7日目に臀部皮下にハツカネズミ(ddY)で継代してきたエールリッヒ癌細胞5 x106個を移植した。

結果は下記のとおりであった。即ち移植した各10匹中癌細胞移植がつかなかった数は標品1では0、標品2では2、標品3では4、標品4では0.

方法1）前述のハツカネズミ (ddY) （白毛）のゼラチンの1％水溶液をハツカネズミ（CRJ:C3H/Hecr）（黒毛）の鼠半皮下に0.3 ml 宛週1回計7回注射し、最終注射より7日後にハツカネズミ(ddY)で継代してきたエールリッヒ癌細胞5 x106 を臀部皮下に移植した。
その結果、6匹すべて移植は成功し、腫瘤は増大し1ｹ月後すべて壊死した。

方法2）対照群には無処置ハツカネズミ（CRJ:C3H/Hecr）にハツカネズミ (ddY)で継代してきたエールリッヒ癌細胞を同様に移植したところ、6匹とも小豆大に一旦は腫瘤を触知したがそのうち4匹の腫瘤はその後減少、消失しハ ツカネズミは生残した。他の2匹は1ｹ月後癌死した。

結論と考察

ウシ、ブタゼラチン、重合ゼラチン、コラーゲンにかわる等異種のゼラチンをハツカネズミに注射しておいたのちにエールリッヒ癌細胞を移植するという 実験から異種のゼラチンは抗移植的に作用した1)。ddYのゼラチンをddYに注射しddYで継代したエールリッヒ癌細胞を移植するという同種同系統のゼ ラチンの作用は見られなかった。同種同系のゼラチンも、異種ゼラチンの場合もその効果が増強された後に1)、アミノ基をメチレン重合すると抗移植性の効果 が生じた。ddY で継代したエールリッヒ癌細胞をC3Hに直接移植すると移植が成功しない個体もあるのに反してddYゼラチンを前もってC3Hに注射しておくとddYで継 代したエールリッヒ癌がすべてのC3Hの個体に移植可能であった。ぜラチンは抗原性の低い物質と考えられているが移植癌に関する実験では異種ゼラチンは抗 移植的に、同種同系統は無効、同種同系統は前述の場合移植を容易にした。

ハツカネズミ(ddY)のゼラチン製造はマルホ製薬高橋耕一氏のご厚意によるものである。この実験は大阪医科大学微生物学教室において行った。