ピーエスの取り組み - 学術論文

5.6938 ハツカネズミの移植癌に対するゼラチンならびにその重合物による抗移植性の免疫

榎木義祐

医学と生物学 第82巻第2号 1971年2月10日

著者は細菌菌体成分と自然抗体素因とによって生ずるシュワルツマン型の出血壊死反応の研究1)から出発して、シュワルツマン型の壊死をハツカネズミのエー ルリッヒ固型癌の腫瘤の部分に起こさせて高率に腫瘤を縮小消失せしめることに成功した2)。しかし好気性、および嫌気性の各種細菌菌体成分で強力にハツカ ネズミを免疫してもエールリッヒ癌の移植に障害とはならず、菌体成分で生じた炎症巣の上にもエールリッヒ癌の移植は可能であり菌体成分による免疫、または 炎症巣そのものがエールリッヒ癌細胞を壊死させたり、またはその移植を妨げるものではない。興味あることには、一度エールリッヒ癌が上記方法で治癒したハ ツカネズミには再度の移植に対して強い抗移植性の免疫が残ることをみつけた3)。このハツカネズミの皮下に再度エールリッヒ癌を移植するとその癌組織は凝 固壊死におちいる。移植の局所のみならず血管を中心とした全身の反応はplasma-cell response 、脾およびリンパ節にはhyperimmunity 由来とみられる反応が起こる。このエールリッヒ癌に抗移植性を示すハツカネズミの免疫上の特性は、エールリッヒ癌の再移植のみならずsarcoma 180および同系の皮膚移植に対しても抗移植性を示す。血清ならびに皮膚移植によって同系ハツカネズミにこの免疫を移すことができる。リンパ球ではできな い。まだ、in vitro で抗体として確認できないが血清の易熱性の成分にあるらしいことや、次の代のハツカネズミにこの免疫は伝わらない等の性質がある3, 4)。これは特異性の低い体液性の移植免疫であることがわかった。そして癌の問題を理解するには発癌の問題と担癌の問題とを感染発症の問題並みに分けて考 えることが必要であると提案した5)。発癌の問題はさておき、癌と担癌動物の免疫学的問題を実験動物における移植癌では同系移植、特発性の癌においては自 家移植という組織移植の問題の一部と考えると、同系または自家移植に対する免疫の研究はひるがえって癌の治療の研究に結び付くことに気付くのである。現在 は組織移植、臓器移植の必要のためにいかにつけるかという方に大方の注意が向いている。癌と担癌動物との間の免疫学的問題を組織移植の問題の一部と考え、 上記の方法を通して観察すると、非特異的な壊死反応が癌の腫瘤の部分に波及することにより癌の組織も壊死する第1の段階と、その個体全体に特異性の低い移 植免疫そのものとみられるような抗移植性の免疫が成立する第2の段階とは別の機転のように観察される。細菌菌体成分の抗癌作用という興味ある研究課題が相 当の歴史を持つにもかかわらず、必ずしも順調に進まなかった原因の一つがここにもあるように感じられる。このような想定が正しければ第2の段階の機転のみ を模倣する方法をみつけることができれば、第1の段階を省略してさらに簡単に同様の結果を再現し得るはずである。上記の研究ならびに著者の難治性皮膚潰瘍 に対する研究6)の付随的成果よりハツカネズミに対するゼラチンならびにそのアミノ基のメチレン重合物の投与によって抗移植性の免疫が生じ、移植癌の移植 が阻止されることがわかったので報告する。

方法と結果

メルク社ゼラチン、骨ゼラチン、ウシ骨ゼラチン、ウシ皮ゼラチン2種、ブタ皮ゼラチン2種、ブタゼラチン2種、クジラ、およびクジラ脳ゼラチン、コラーゲ ン、粗製ニカワ、およびメルク社ゼラチンのアミノ基をメチレン重合した重合ゼラチン、上記各1% 水溶液0.3 ml を1週間間隔で3回ハツカネズミの鼠径部皮下に注射し、最終注射後7日目に腰部皮下に5 x 106t個のエールリッヒ癌細胞を移植して表1のごとき結果を得た。

表1
前処置物質

癌細胞移植がつかなかった数/移植した数

ゼラチン (メルク社) 9/36 25.0
骨ゼラチン 12/21 57.1
ウシ骨ゼラチン 3/12 25.0
ウシ皮ゼラチン (1) 12/21 57.1
ウシ皮ゼラチン (2) 3/9 33.3
ブタ皮ゼラチン(アルカリ処理) 15/18 83.3
ブタ皮ゼラチン(酸処理) 9/15 60.0
ブタゼラチン (1) 6/9 66.7
ブタゼラチン (2) 3/9 33.3
グジラゼラチン 3/9 33.3
クジラ脳ゼラチン 0/3 0
コラーゲン 3/6 50.0
ニカワ 3/21 14.3
重合 (メルク社)ゼラチン 18/33 54.3
生理食塩水 (対照) 0/21 0

1ケ月観察し、移植が成立しなかったものには再度同量の癌細胞を皮下移植して移植が成立しないことを確認した。ゼラチンの種類によって効果に差を認めた。 ブタ由来のものがよく、クジラのものは効果が少なかった。アミノ基をメチレン重合したものは効果が増強された。これらハツカネズミの免疫学的性質は上記細 菌菌体成分を用いた実験で抗移性を獲得したハツカネズミと同様であることがわかった。ゼラチナーゼの投与によってはこれらの効果を代用することはできな かった。

本論分要旨は第20回アレルギー学会総会において発表した。

English Title for NO.6938:Immunity of mice resistant to tumor transplantation by injection of gelatin and its derivatives
Yoshisuke Enoki [Department of Microbislogy,Osaka Medical College,Takatsuki]Medicine and Biology.
82 2:February ,10,1971.

  1. Enoki, Y.: Rheological studies of the Shwartzman reaction. Bull Osaka Med Sch 8(2): 53 1962
  2. 榎木義祐: Shwartzman型反応によるエールリッヒ固型癌の治療実験.本誌- 70(4): 197 1965
  3. 榎木義祐:ハツカネズミの実験的獲得性の腫瘍移植抵抗性と同系皮膚移植の拒否現象.本誌 74(3): 185-186 1967
  4. Enoki, Y.: Allergic necrotizing applied to mouse tumor and experimentally acquired resistance of mice to the tumor transplantation and skin iso-graft. 仁泉医学 109(3): 11 1966
  5. 榎木義祐: 癌の免疫の問題点、南大阪病院医誌14(1): 1 1966
  6. 榎木義祐、上田真道:下腿潰瘍および褥瘡に試みた新しい治療経験.阪医大誌 24(1): 1 1965
(受付:1970年12月27日)
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