1.下腿潰瘍および褥瘡に試みた新しい治療経験
大阪医科大学微生物学教室(主任 山中太木教授)
榎木義祐,上田真道
緒言
下腿潰瘍や褥瘡は日常しばしば経験する疾患であり、しかも一般に治療に日時を要し、難治であるとされている。
我々は、最近新しい治療法を試み、好成績を得たのでここに報告する。
材料
ホルムアルデヒドで不可逆的にゲル化したゼラチン細粉及びガーゼの表裏にゼラチンを塗布した後、ホルムアルデヒドでゼラチンをゲル化して滅菌したものである。
使用方法
下腿潰瘍及び難治性潰瘍に対し小範囲の潰瘍には直接潰瘍面に散布し、中等大以上の潰瘍には貼付し、なるべく交換することなく、潰瘍が湿潤してくれば交換する。
効果
表に示すように、治癒期間の短縮をみ、或いは両下腿に同時に潰瘍を生じた症例に対して、一方は従来の治療法、他は本治療法を試みた場合においても、本治療法の方がはるかに治癒期間の短縮するのを認めた(症例10)。
考察
下腿潰瘍や褥瘡が一般に難治とされているのは、局所的な循環障害や感染によるものとされている。しかし、我々は下腿潰瘍及び褥瘡の難治性の理由を主としてその解剖的関係に帰することに疑問を感じるものである。
我々は、潰瘍面にアレルギーの観点から最も均質な物質はその患者の血清に違いないと考え、無菌的に採取した患者の血清を無菌ガーゼにひたして潰瘍面に貼付した。潰瘍面の治癒に関しては確かに効果を認めた。しかし血清は乾燥するので、ガーゼが潰瘍面に固着し、強いてガーゼを交換しようとすれば再び潰瘍面を傷つけ、潰瘍面をおおい始めた上皮がはぎとられ、潰瘍面からの出血をみた。
そこで、この欠点を解決するためにゼラチンを滅菌し、ゼラチンと患者血清と微量の抗生剤とを混和して泥膏を作り、潰瘍面を被いこの泥膏が乾燥するまでの約一昼夜の間、ガーゼが直接泥膏と接しない様に厚紙で支柱を作って間隔を保たしめて包帯し、泥膏が乾燥して人工の痂皮となればその上を被覆包帯すると痂皮下治癒を営み直径約2 cm 程度の下腿潰瘍は約10日位で上皮が形成され治癒した。
経験をくり返すうち、血清を用いなくてもゼラチン細粉のみでも人工的な痂皮を作ることが出来、目的を達することがわかった。このことから潰瘍面に対する物理的な条件も重要なことがわかった。
下腿潰瘍に対する経験をくり返すうちに滲出液が多すぎてゼラチンが乾燥せず、従って人工的な痂皮が出来ない例でも治療効果がみられた。乾燥し痂皮が出来るという物理的な条件のみが治癒を促進するものではないと考えられる。ゼラチンは、約18種のアミノ酸から成る組成を持つ蛋白である。血清やゼラチンの蛋白としての物理化学的性状も下腿潰瘍の治療に役立つものと考えられる。
患者血清を用いる方法は煩雑である上に、ガーゼ交換が出来にくいという欠点があるし、その上に衰弱した患者から採血する事は他にこれに代わる方法が存在するならば推奨すべきことではない。
血清やゼラチンを用いる方法は滲出液が多すぎてこの泥膏が速やかに乾燥せず、従って痂皮が出来なかった場合は感染の危険がある。血清やゼラチンはそれ自体が細菌の培地となり得るからである。感染防止の為、防腐剤を混ぜればそれが潰瘍面に対して刺激となり、初期の目的からはずれる。
そこで、ゼラチンをホルムアルデヒドで不可逆的にゲル化した後、余分のホルムアルデヒドを除去することでゼラチナーゼの作用は受けるが細菌の発育しないゼラチンを作ることが出来る。
このゼラチンは滲出液が多い場合でも膨潤することはあっても溶解することなく、便利に又安全に使用出来ることがわかった。この物質で薄膜を作れば細菌の培地とならず、水及び酸に溶解せず、高圧滅菌を行うことが出来、広い潰瘍面、褥瘡等に用いるに便利である。
症例. | 年齢e | 性別 | 病名 | 原因 |
潰瘍形成後、本治療を行う迄の期間 |
潰瘍の大きさ(直径) | 本療法を行ってから治癒迄の期間 |
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1 | 22 | 女性 | 下腿潰瘍 | 湯たんぽによる熱傷 | 3ヵ月 | 3 cm | 10 日s |
2 | 79 | 男性 | 下腿潰瘍 | 湯たんぽによる熱傷 | 2 週間 | 2 cm | 7 日 |
褥瘡 | 脳出血後に発生 | 4ヵ月 | 仙骨に達し直径約10 cm | 翌日から滲出液の著しい減少と混合感染に由来するとみられた微熱の消退がみられた。 2ヵ月で露出していた仙骨は肉芽で被われ、3ヵ月で欠損部は肉芽でほぼ満たされた。 7 ヵ月で治癒 |
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3 | 25 | 男性 | 下腿潰瘍 | 湯たんぽによる熱傷 | 1 ヵ月 | 3 cm | 2 週間 |
4 | 42 | 女性 | 下腿潰瘍 | 湯たんぽによる熱傷 | 1 ヵ月 | 2 cm | 2 週間 |
5 | 20 | 男性 | 下腿潰瘍 | 湯たんぽによる熱傷 | 2 ヵ月 | 2 cm | 10 日 |
6 | 52 | 女性 | 踵部潰瘍 | イルカピリン注射による坐骨神経麻痺 | 年余にわたる | 2 cm | 1週間で潰瘍面は一旦とじたが約2ヵ月後、田植をして再発した。 |
7 | 53 | 女性 | 下腿潰瘍 | 熱傷による | 2ヵ月 | 5 cm | 5 日 |
8 | 58 | 女性 | 鼠径部潰瘍 | レ線照射による | 2ヵ月 | 1.5 x 3 cm | 2週間 |
9 | 36 | 女性 | 下腿潰瘍 | 癌の切開後 | 18 日 | 1.5 cm | 9日 |
10 | 24 | 男性 | 下腿潰瘍 | 灸による | 右(本療法) | それぞれ 2 x 2 cm |
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脛骨粗面部 | 4週で治癒 | ||||||
脛骨粗体部 | 6週で治癒 | ||||||
足関節部 | 4週で治癒 | ||||||
左(チンク油にて処置) | |||||||
脛骨粗面部 | 7週で治癒 | ||||||
脛骨粗体部 | 9週で治癒 | ||||||
足関節部 | 4週で治癒 | ||||||
11 | 33 | 男性 | 褥瘡(腰部) | ギブスによる圧迫 | 40日 | (1) 0.5 cm | 2週間 |
(2) 1.5 x 0.5 cm | 2週間 | ||||||
左膝関節の開放性脱臼 | 瘡の感染による | 6 ヵ月 | (1) 2 cm | 8週で治癒 | |||
(2) 2 cm | 10週で治癒 | ||||||
(3) 1 cm | 6週で治癒 | ||||||
12 | 49 | 男性 | 褥瘡(腰部) | 硬膜下血腫 | 2 ヵ月 | (1)5 x 4 cm | (1) 11週で 2.5 x 3 cm |
(2)3.5 x 1.5 cm | (2) 6週で治癒 | ||||||
(2)2 x 2.5 cm | (3)8週で治癒 | ||||||
13 | 18 | 女性 | 下腿潰瘍 | コタツによる熱傷 | 3 週 | 2 cm | 5 日 |
14 | 47 | 男性 | 足背部潰瘍r | コタツによる熱傷 | 1 ヵ月 | 2 cm | 3 日 |
15 | 17 | 男性 | 下腿潰瘍 | コタツによる熱傷 | 4 ヵ月 | 4 cm | 2 週間 |
16 | 15 | 男性 | 下腿潰瘍 | コタツによる熱傷 | 1 ヵ月 | 1 cm | 6 日 |
17 | 71 | 男性 | 褥瘡 | 敗血症で入院中に発生 | 3 ヵ月 | 7 x 5 cm | 使用19日目で 5 x 3.5 cm と減少。 使用26日目でほぼ全治退院。 アイロゾン内服併用 |
18 | 47 | 男性 | 下腿潰瘍 | 熱湯による第Ⅲ度熱傷 | 10 x 5 cm | 19日間使用し滲出液の著しい減少と肉芽形成良好であったが中途退院。 | |
19 | 65 | 男性 | 褥瘡 | 頭部外傷後に発生 | 7 cm | 2週間使用したが効果のないまま死亡 | |
20 | 32 | 男性 | 右足背、足蹠、 腫部潰瘍 | 溶接作業中の熱傷による | 9日 | それぞれ2 cm | 3 週間(ソルコセリル注射 7本併用) |
21 | 64 | 男性 | 両足踵褥瘡 | 胃癌で入院中発生 | 10 日 | 4 cm | 6 週間 |
22 | 64 | 女性 | 褥瘡(腰部) | 分裂症 潰瘍性大腸炎で入院中に発生 | 4 cm | 11 日 | |
23 | 10 | 男性 | 左大腿部潰瘍 | 交通事故 | 1ヵ月 | 5 x 9 cm | 19 日 |
24 | 18 | 男性 | 右大腿部潰瘍 | グラインダーによる挫瘡 | 1 ヵ月 | 7 x 3 cm | 2 週間 |
結語
ホルムアルデヒドで不可逆的にゲル化したゼラチン細粉及び薄膜を用いる本治療法により、従来難治とされている下腿潰瘍及び褥瘡に対して、その治癒期間の短縮に著効を認めた。
各位の御批判、追試を希望する次第である。
御校閲を賜った山中太木教授に深謝いたします、調査に御協力下さった中ノ内恒弥博士、並びに医師本多平八郎氏に謝意を表します。