その他(食)
その118.肥満になりやすいライフスタイル 脳からのご褒美が肥満を招く!?
学術室 水谷 裕之
お腹が空くと「身体の中にエネルギーが少なくなった」と脳の摂食中枢が働いて食欲が湧きます。そして、お腹がいっぱいになると「エネルギーは充分に満たされた」と今度は満腹中枢が働いて食欲が抑えられます。しかし、私たちはなぜか満腹を感じているにも関わらず美味しそうなケーキを見たら「別腹」と言って食べてしまうことがよくあります。この食欲は、お腹が充分に満たされていてもケーキを食べることで幸せな気分に満たされたいという欲求から生まれます。大脳が発達した人間では、食欲の経路に割り込むようにして習慣や嗜好、外界からの刺激によって食の行動に変化が起こります。実際に食べ物を口にして「美味しい」と感じるとその美味しさをさらに期待して、もう少し食べたいという気持ちが湧いてきます。この時、脳の中では"報酬系"という分野が活性化して、快感をもたらすドーパミンという神経伝達物質が分泌されます。報酬系とは私たちに「元気」や「やる気」を感じさせる、いわば自分へのご褒美を与える神経系の作用なのです。
しかし、この報酬系、時には麻薬などの薬物依存症を引き起こします。薬物を投与するとドーパミンが分泌され、快感や満足感が得られます。しかしドーパミンが枯渇すると、同じ快楽を得るためにまた薬物が欲しくなり、その繰り返しによって薬物が断ち切れなくなります。実は食べ物も同じような一面があり、「もっと食べたい」という欲求が強くなり過ぎると、食べ物に対する喜びがコントロールできなくなり習慣化しやすくなります。とくに砂糖などの甘味物質や高カロリーの脂肪を含む食べ物は報酬系を活発にして食欲を増します。こうして食べ物に対する依存度が高くなってくると報酬系の反応は鈍くなり、満足感が得られにくくなります。太っている人では報酬系が働きにくくなっていることが知られており、より美味しいものを、よりたくさん食べることによって満足感を得ようとします。
このように報酬系の働きが鈍くなると過食による肥満がもたらされ、肥満はさらに報酬系の働きを悪くさせるという悪循環に陥ります。この悪循環を断ち切るためには、過食に至るような食行動を改善することです。
「早食い」は美味しいからといって食べ過ぎる原因の一つにもなっています。早食いの人は、食べやすく、食物繊維の少ないものを好んで食べる傾向があります。他の人に比べて食べるのが早いと思う人はよく噛んで食べる、野菜を多めに摂ることなどを心がけましょう。ゆっくりと食べることで脳は血糖値の上昇を感知し、さらに咀嚼の感覚が顎の筋肉から神経を通って脳に伝えられることで食欲を抑えてくれます。野菜があまり摂れない時には、食後の血糖値の上昇を抑え、食物繊維の含まれる青汁を利用するのも良いでしょう。
そして「ながら食べ」も禁物です。テレビを見ながらあるいは読書をしながらお菓子を食べていると思いもかけずにたくさん食べてしまったという経験はないでしょうか。多くの研究から「ながら食べ」をすると食事量が増えることが明らかになっています。その原因は、眼の前にある食べ物から注意が削がれると脳がどれだけ食べたか記憶しづらくなるためと考えられています。誰でも眼の前に好きな食べ物や美味しそうな食べ物があると食べたくなるのは当然です。街中に出れば多くの飲食店が立ち並び、様々な美味しい食べ物が眼に飛び込んできますし、スーパーやコンビニでは高カロリーで見栄えの良い食べ物が数多く陳列されています。私たちは昼夜を問わず手軽に美味しい食ベ物を手に入れることができ、食べ過ぎる環境は整っています。過食を防ぐ究極の方法は美味しいものを眼の前から遠ざけることです。そのためにもお腹が空いている時にはできるだけ買い物に行かないようにして、衝動買いを減らし、必要以上の食べ物はなるべく買い込こまないようにしましょう。
最後に、アメリカの研究で不健康な食べ物によって体重が増加した人に健康的な食べ物を選択するように習慣づけると脳内の報酬系領域に変化が現れ、健康的な食べ物を食べた時に喜びを示すようになったとの報告があります。肥満は健康を阻害する大きな要因の一つです。肥満にならないライフスタイルは、何か特別な努力をするのではなく、適正な食行動を一つひとつ身につけていくことではないでしょうか。